芙蓉の書-成均館スキャンダル屋根部屋のプリンス3days二次小説

JYJユチョン主演の韓国ドラマドラマ「トキメキ☆成均館スキャンダル」「屋根部屋のプリンス」「スリーデイズ(3days)」の二次小説ブログです。
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また、大人小説(R18)の閲覧はご自身のご判断でお願い致します。

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【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 1(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

父も母も、いつも輿を使えと言う。
しかしプヨンが二人の目を盗んで徒歩で宮殿に向かうことは、度々だった。
季節の移ろいを肌で感じることも、部屋で茶の芳香を楽しみながら読書に勤しむことも、色とりどりの糸で花鳥風月を描き出すことも、彼女にとっては同等に重要で、一つとして疎かにすべきことではなかったから、輿に閉じ込められて移動するなど、強い決意を持って避けねばならぬ言いつけだ。
昌徳宮(チャンドックン)から北村(プクチョン)の屋敷に帰り着くまでに、ぐるりと回り道をするのがプヨンのいつもの楽しみだった。
都はどこもかしこも人々でごった返しているが、横道に入ると案外静かで、小さな竹林が点在している。
その内の一つに、彼女が立ち寄るホン家の竹林があった。
竹の手入れの為に使用人が時折立ち寄る小さな藁葺き小屋がぽつりとある他は、特筆すべきことはない。
よって、所有しているというだけで、ホン家の面々もあまり近寄らなかった。



お転婆ではないが意思の強い次女に、今日も母はお冠だろう。
けれど、王世子と世子嬪への拝謁を終えてにこやかに帰るプヨンの両の瞳に、後悔の色は認められない。
お気に入りの竹林は、初夏の訪れを喜ぶように益々青を濃くしていた。
使用人よって手入れされたばかりらしい小道は、足を運ぶに容易い。
青臭いほどに濃密な夏の香りを存分に胸に取り入れて、明るいうちに帰れば、清々しい気持ちのまま読書に臨める、いや、この青を刺繍するのも悪くない、と夏らしい軽やかな思いを巡らせながら、彼女は竹林を歩いていた。
そんな彼女が、ぴたりと足を止めた。
「誰?」
彼女の足を止めたのは、二本の人間のものらしき藍色の足だった。
藍色の足――正確には、見たことのない藍色の布で包まれた足。
それが、竹林の中に投げ出されていた。
もしや死体が転がっているのではないかという恐ろしさで両手を震わせながら、プヨンは、ゆっくりと二本の足に近づいていった。
こんな時は、あらゆる感覚が鋭利になるのだろうか。
チマが地面にかさりかさりと擦れる音まで、気になる始末だ。
五歩六歩と近づくと、地面にうつ伏せで横たわっているのは、確かに人間であることがわかった。
藍色の足は、履物を履いている。
履物の色こそ見慣れた黒だったが、形が大分違った。
上着は、白い布一枚だけで、朝鮮風の重ね着はしていない。
その白い布にしても、一度だけ見たことのある西国の文字が、背中に大きく描かれていた。
プヨンより大きな躯体をしているから、男かもしれない。
髷(サントゥ)は結っていなかった。
さりとて、ざんばらでもなく、髪はとても短い。

西国人?

プヨンは勇気を奮い起こして、その人間の脇にしゃがみ、生きているか確かめる為に肩を揺する。

どうか、死んでいませんように。

死体を触っているかも知れないと思うと、体中がぶるぶると震えた。
「お願い、起きて!」
男が目を覚まさぬ恐ろしさで、プヨンはますます激しく男の体を揺する。
それでも男は目を覚まさないから「ああ、本当に死んでいる」と彼女は泣き出した。
一頻り泣き、我に返り、死体の側にしゃがんでいた事実に再び震え上がった彼女は、勢い良く立ち上がった。
そして、一目散逃げ出そうと体を反転させ、そのはずみで“死体”の右腕を踏んづけた。
「痛っ!」
“死体”が声を出した。
“死体”は死んでいなかった。
「んー?」
むっくりと起き上がった男は、目をこすりながらきょろきょろとあたりを見回す。
その男が手を下ろした途端、プヨンは地面にへたり込んでしまった。
「チョハ!」
得体の知れない布切れを身にまとい、断髪までしているその男は、先ほど昌徳宮で謁見したばかりの王世子だった。

- - - - - - - - 
一ヶ月感謝企画のお題「テヨンが過去に戻ってしまいプヨンに心惹かれるお話」です。
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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン 

2014/10/02 Thu. 03:25  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 2(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

「チョ、チョハ……」
プヨンは、王世子を直視してはならぬことも忘れて、元死体――王世子を凝視した。
無礼な凝視の対象になった王世子は、プヨンの呼びかけに応えずに、ぐるりと視線を巡らせている。
「ここ、どこなんだろう……」
「私どもホン家の竹林でございます、チョハ」
「はい?」
「チョハ、私有の竹林でございます」
「あ、私有地なんですね。勝手に入ってごめんなさい」
「憚りながら申し上げます。チョハ、なぜこの場所にいらっしゃるのでしょうか」
「ごめんなさい。僕もわからないんです。気がついたらここにいて……」
一見互いを理解し言葉を交わしているようで、全く噛み合わずに会話が進んだ。
聡明な王世子がプヨンの言わんとする意を汲まなかったことなど、なかった。
からかいついでに、知らんぷりをすることはあっても。
しかし、目の前の王世子はどこか様子がおかしい。
さっきまで突っ伏して倒れていたから、具合がわるいのかもしれない。
「チョハ、お加減はいかがですか?」
「あの、その、チョハって王世子のことですか?」
「チョハ……」
「あなたは立派な韓服(ハンボク)を着ていらっしゃるから、時代劇の役者さんですか?僕、邪魔をしてしまったんですね」
「ハン……ボク?私ですか?」
「はい、とても綺麗な韓服ですね」
「恐れ入りますが、韓服とは、何のことでしょうか。チョハ」
「あなたが着ている服、韓服ですよね?」
彼女はもちろん衣を身に付けている。
だが、韓服と呼ばれている衣は聞いたことがない。
しかも、プヨン自身がその韓服とやらを着ているというではないか。
王世子は、朝鮮の言葉を使いながら、彼女には一文字たりとも理解できない話をしている。
プヨンにとって、こんなことは初めてだった。
生まれてこの方、同じ言葉を使っていれば互いに理解できると信じていたのだ。
「チョハ、お願いでございます。お気を確かにお持ち下さいませ」
「本当に申し訳ないんですけど、僕、“チョハ”役じゃないんです」
「『役』だなんて、恐ろしいことをおっしゃらないで下さい。チョハは正当な王位継承者であられます」
「だから、僕は役者じゃないんです」
「大変失礼致しました。承知しております。チョハ」
二人は地べたに座り込んだまま、噛み合わない会話を続けていた。
当然、プヨンは王世子より下の位置に姿勢を保たねばならないから、手の平も額も土がついてしまっている。
「僕は“チョハ”じゃないから、顔を上げてくれませんか?」
王世子が立ち上がった。
そして、彼女も立つように肩に手を添えて促した。

やっぱり、チョハだ。

土のついた彼女の手を優しく包んで、ゆっくりはらってくれる仕草は、いつもの王世子だ。
「今のお召し物では、チョハの御顔を知らぬ官軍に捉えられてしまいます。この竹林の奥に小さな小屋がございますので、そこでお待ちいただけませんか」
「助けてくれるんですか?」
「チョハをお助けするなど、畏れ多いことにございます」
王世子の口から出る言葉は不可解だ。
何故プヨンに敬語を使うのかもわからない。
いつの間に断髪をしたのか、どこでこんな奇妙な服に着替えたのか。
わからないことだらけだった。
だが、今、目の前にいる王世子を助けられるのは、プヨンだけだ。
無事、彼を昌徳宮に送り届けなければならない。
彼女は王世子に頭を下げると、藁葺き小屋に続く小道を歩いて行った。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/10/03 Fri. 20:54  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 3(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

テヨンは、韓服を来た女性の後ろに大人しくついて行った。
彼女の話は、どこもかしこも奇妙だった。
始めはドラマの撮影に混ざってしまったのかと思ったが、こうして移動しても、他の演者やスタッフが共に動いている気配はない。
どうやら、彼女は本気でテヨンを王世子だと信じているようだ。
顔の大半を布で隠しているから表情はあまり読み取れないが、彼女の声に迷いは感じられなかった。
正直、この女性には、深く関わらないほうが良いと思う。
しかし、この竹林を一人で抜け出す自信はなかった。
彼女の私有地だと言っていたから、外に出るまでは、彼女に従うほうが得策だろう。
「立派ですね」
土埃が積もってるボロ屋を想像していたのに、目の前の小屋は、中々どうして立派だった。
ざっと見ただけで、三、四部屋は確認できる。
屋根も、太い藁が分厚く積み上げられていて、上等なものであることが見て取れる。
「これ、小屋じゃないですよね?」
「先程申し上げた小屋でございます。このような場所にご案内するのは大変心苦しいのですが、少しだけご容赦下さいませ」
彼女は裕福な育ちなのだろう。
テヨンも裕福な育ちではあるが、数部屋もある家屋を小屋と呼んだことはない。
「使用人が竹林の手入れをする時に使うだけの小屋でございます」
「使用人のために建てたんですか?」
「始めは、家の者が集って竹を愛でるために設けましたが、建物が小さくて気に入らないと言って、私以外は寄り付いておりません」
建ててみたものの気に入らないから使用人に使わせるとは、ヨン家以上の金持ちに違いない。
彼女は“小屋”の縁側に登り、扉を開けて、深々とテヨンにお辞儀をした。
テヨンは王世子ということになっているから、彼から入れということだろう。
彼女は、テヨンが入ったのを認めると、彼の服を調達してくると言って、背を向けた。
「あの!」
テヨンは、慌てて呼び止めた。
「僕の服、別に変じゃないと思うんですけど」
アルファベットのレタリングが入ったTシャツにデニム、ブラックのスニーカーの組み合わせが危険を呼び込むとは到底考えられない。
それよりも、早くこの竹林から出して欲しかった。
街に出れば、彼女に頼らなくとも、己の置かれた状況を把握できるだろう。
「チョハ。プヨンは、後でどんな罰も甘んじてお受けいたします。今だけ、お願いですからこちらにいらして下さい」
「さっきも言いましたが、僕は王世子じゃないんです」
「失礼致します」
女性は、駆けて行ってしまった。
「参ったな」
どんなに否定しても、彼女の中の王世子という前提を覆せない。
二十一世紀に、よもや王世子と間違われようとは想像だにしていなかったが、テヨンは、いつまでも彼女の思い込みに付き合うつもりはなかった。
彼女は、服を持って戻ってくるらしい。
「今度は、あの人の後をつけて、ここを出よう」
彼にとって、自らの置かれた状況を把握することが、何よりも急務だった。



テヨンがはっきりと覚えているのは、従兄弟のヨン・テムにクルーザーの上で殴られて海に落ちたところまでだ。
息が苦しくて「僕はもう死ぬんだ」と思った瞬間に、明るい光に包まれた。
目を覚ましたら、ニューヨークで借りている家に戻っていた。
びしょ濡れの服が重たくて、デニムとTシャツに着替えた。
クローゼットから出したスニーカーを履き、まだTシャツだけでは寒いからとグレーの革のジャケットに手をかけたところで、再び明るい光に包まれた。
次に目を覚ましたのが、この竹林だ。
「ここ、たぶん、ニューヨークじゃない」
それに、Tシャツ一枚しか着ていないのに、寒くない。
「南の島とか?でも、あの人、韓国人だよなぁ」
あの女性が、この二十一世紀に、韓服を纏い大まじめに彼のことを王世子だと思い込んでいることは明らかに奇妙だが、テヨンにとって、今、己の身に起こった非現実的な出来事は、それを遥かに凌ぐおかしさだった。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン 

2014/10/05 Sun. 02:21  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 4(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

プヨンは、昌徳宮へ急いでいた。
王世子にまともな衣を着せなければならないが、その前に、世子嬪である姉に事の次第を伝える必要がある。
お忍び用の衣を借りてもいいだろう。
プヨンが、何の対策も高じずに、ただ王世子を連れて昌徳宮を訪れても、恐らく上手く事は運ばない。
倒れた影響からか、すっかり様子が変わってしまった王世子をみて、王族が騒がないとも限らなかった。
彼らはプヨンにあらぬ疑いを懸けるかもしれない。
――ああ、そうだ。あんなに変になってしまったのだから、早く医者に見てもらわねば。
護衛なしで竹林から移動するのも危険だ。
幸い、竹林は姉妹の父親の所有物だから、秘密裏に事を進めるのも難しくないはずだ。



「義妹よ、まだ帰っていなかったのか」
「チョハ!」
宮殿内を無闇に走るのは礼儀に反する。
出来る限りの早足で姉の元へと急ぐ彼女の向かう先に、王世子が立っていた。
プヨンは、大きな声を上げそうになるのを、すんでのところで抑えた。
「恐れながら申し上げます。ずっとこちらにいらっしゃったのですか」
「そなたが帰った後は嬪宮と茶を飲んで、今は仁政殿(インジョンジョン)に向かうところだ」
「昌徳宮から出ていらっしゃらないのですか」
「そうだ」
「チョハ……」
「プヨン様!」
従者がプヨンを制した。
わきまえよ、という意味だ。
「構わぬ。義妹との会話はいつも愉快だ」
王世子は声高らかに笑い出した。
「なぜそんなことを聞くのだ」
プヨンは、首を傾けて、王世子のうなじを凝視した。
竹林で一緒だった王世子は、うなじのあたりで、髪をざっくりと切ってしまっていた。
しかし、目の前で涙を流して笑っている王世子は、髪を綺麗に結い上げている。
「プヨン、私の首に何か付いているのか?」
王世子は後ろで組んでいた手を外して、首をはらった。

竹林のチョハは別人?

プヨンは、目の前の王世子をまじまじと見つめた。
従者がしきりに咳払いをしている。
彼女は、今している行為が、罰を与えてくれと申し出なければならぬほど、無礼なことはわかっている。
だが、見ずにはいられない。
竹林に残してきた王世子と、ここで大笑いをしている王世子は、服装と髪型が違うだけで、顔も背丈も、やはりそっくりだ。
袞龍袍(コルリョンポ)を纏い、翼善冠(イクソングァン)を被って笑っている目の前の王世子は、彼女の知っている人だった。
王世子として正しい服装だし、彼の話す言葉もよく理解できる。

「僕は王世子じゃないんです」

竹林の王世子は、しきりに王世子ではないと否定していた。
もし、まだ竹林に王世子、いや、あの男が居るならば、彼の話は真実だということになる。
あの男は何者なのか。
罪深くも髪を切り、珍妙な衣で身を包み、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに振る舞う男。
プヨンは、目の前の王世子への挨拶もそこそこに、宮殿を後にした。

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翼善冠(イクソングァン)
2014101101.jpg

袞龍袍(コルリョンポ)と翼善冠(イクソングァン)
2014101102.jpg




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  一ヶ月感謝企画  テヨン×プヨン 

2014/10/11 Sat. 19:04  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 5(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

テヨンは、変な思い込みで彼を竹林に置き去りにした女性を、大人しく待っていた。
この家の中を勝手にうろうろするのは気が引けて、縁側に腰掛けている。

僕、死んだのかな?

ヨン・テムに殴られて海に落ちたあと、真っ白な光りに包まれた時、“お迎え”が来たのだと思った。
気付いたら部屋に飛ばされ、流れのままに着替えをしたわけだが、その時点で物理法則を逸脱している。
神様は、びしょ濡れのまま三途の川を渡る羽目になった自分を不憫に思って、着替えの機会を与えてくれたのかもしれない。
変な女性と話していた時は、街に出れば状況がわかると思っていたが、一人で静かな竹林の中にいると、自分は幽霊だと捉えたほうが、しっくり来る気がしてくる。
不思議なもので、自分を死に追いやったテムに対して恨む気持ちが湧かない。
まだ生きたいという欲も湧かない。
子供の頃聞いた怪談といえば、怨念にまみれた幽霊が定番だったが、死にゆく人間というのは、案外安らかな心持ちで現世と別れを告げるのかもしれない。
テヨンは、手の平を床に押し付けてみた。

まだ幽霊じゃないみたいだ。

彼の知識の中の幽霊は、物質に対して作用の力を及ぼすことは出来ないし、よって、物質から反作用の力も及ぼされることはない。
今、手の平は、床を押し、同等の力で床に押し返されている。
それに、だ。
テヨンが王世子だと言い張っているあの女性は、テヨンのことが見えている。
自分はまだ、物質として存在しているんだろう。

ソウルの実家に飛ばして欲しかったな。

一つ心残りは、暫く会っていなかった、テヨンを愛してやまない家族だ。
死んだと知ったら、悲しむだろう。
ニューヨークの部屋ではなく、実家で彼らに笑顔を見せていれば、悲しみも半減しただろうに。
三途の川がどんなものか知らないが、濡れそぼった体で暫く過ごすのは、若い肉体にとって、さしたるダメージではない。
神様も、配慮があるのかないのか、わからないものだ。
テヨンは、三途の川の後に昇ると思しき空を見上げようと、顔を上げた。
もしも、天国に行くことになるのならば。
己の人生を振り返ってみると、地獄に落ちるほど凶悪な行為をした覚えはないが、しかし、天国に相応しい善行を積んだ覚えもない。
なるべくなら、天国に行きたい。
視線の先の水色は、鬱蒼と茂る竹に邪魔をされて、僅かに見えるばかりだ。
それは、美しいけれども、天国を教えてくれるには頼りがなかった。



時計もスマートフォンも持たずにここへ飛ばされたから、時間がわからない。
けれど、だいぶ待たされた気がする。
幽霊と現世の狭間にいる、と何となくの結論を付けたあと暫くたってから、やっと変な人は帰ってきた。
テヨンの目の前で大きな包みを持って息を切らしている彼女は、息が整うのを待っているのだろうか、何も言わずに彼をじっと見ていた。
「チョハにそっくり」
途切れ途切れにそう言うと、縁側に重たそうな包みを置いた。
テヨンは、勢い良く立ち上がる。
そっくり、即ち、別人という意味だ。
「僕が王世子じゃないって、わかってくれたんですか?」
「チョハは昌徳宮にいらっしゃいました」
「ああ、良かった!」
もちろん、“チョハ”の安全が保証されて良かったという意味ではない。
大体この二十一世紀に昌徳宮とは、彼女の頭の中は相変わらずおかしい。
昌徳宮は、ソウルにある世界遺産だ。勝手に人が住める場所ではない。
「あなたは誰ですか?」
幽霊?人間?
テヨンは、何と説明すればいいのか、言葉に詰まった。
チョハを連呼する彼女は奇妙な人だが、彼の結論もまた、他人が聞いたら怪しさ満点だ。
「僕は、ヨン・テヨンです」
彼は、取り敢えず、月並みな自己紹介をした。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 成均館スキャンダル二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/10/14 Tue. 11:03  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 6(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

たとえ中途半端な幽霊という状態でも、現状把握は早いに越したことはない。
韓服の女性はどうやらテヨンの話を聞く気になったらしいから、己の要求を今のうちに話したほうが良いだろう。
テヨンは、名前に続いて、
「僕を林の外まで案内してくれませんか」
と、希望を伝えた。
「あの、スマートフォンを置いて来てしまって。ネットカフェも教えてもらえると、ありがたいんですが」
彼はデニムのポケットを探り、紙の感触に安堵の笑みを浮かべ、ポケットから取り出した。
しかし、当然と言えば当然だが、それはアメリカドルだった。
「ウォンに換金しなくちゃ」
昌徳宮に王世子がいたと女性は言っていたから、彼は、ここはソウルかソウル近郊ではないかと予想した。
彼女はあれだけ王世子とやらを崇拝しているのだから、自らの目で確認して、ここへ帰ってきたに違いない。
「わかりました」
韓服の女性は、なんだか目つきが険しい気がするが、承諾してくれた。
顔の半分が布で覆われていて表情がはっきりしないから、そう感じるのだろうか。
「テヨンさん、ご案内しますから、この衣を着てください」
彼女は、帰ってきた時に持って来た大きな包みの結び目を解いた。
テヨンは、出て来た荷物に目を見開く。

両班風!?

時代劇で見た、仰々しい衣装を思い出す。
「これを着るんですか?さっきも言いましたが、僕の服装は変じゃないと思うんですけど」
「これを着ていただけないのなら、外には案内できません」
「……ちょっと、これは、恥ずかしいです」
韓服、と言っても正月や結婚式で着るチョゴリより丈の長い上着に、黒い笠(カッ)。
この姿で街を歩いたり、バスに乗ったりするのかと思うと、想像しただけで顔から火が出そうだ。
ネットカフェに入っても、検索どころではない。
「テヨンさんのお召し物のほうが、恥ずかしいです!髪まで切ってしまって!」
彼女は、彼の胸に解きかけの包みを押し付けた。



プヨンは、世間知らずなテヨンに衣を押し付けた後、着替えるまではどこにも連れて行かないと念を押して、小屋に入った。
助けてあげようというのに、随分とわがままな態度に憤慨を覚える。

チョハに似てるからって、甘くなってしまったわ。

昌徳宮からの帰り道、竹林の男が王世子と別人かも知れないと考えながらも、一人ぽつんと待つ彼を助けなければと帰路を急いだ。
輿を好まずに歩き回ることは度々でも、日に何度も宮殿に赴いたことはない。
ましてやこんな駆け足で。
くたくたな体に鞭打って、屋敷まで戻った。
父母に見つからないようにこっそりと兄の衣を持ち出して、またここまで来たのだ。
もう歩きたくない、輿に乗りたいと思ったのは生まれて初めてだ。
そこまでしたのに、恥ずかしいとは、なんという我が儘ぶりだろうか。
「あの、着たんですけど、これで合っていますか?」
静かに小屋に入ってきたテヨンは、別人のように立派だった。
自信無げな視線を除けば、まるでお忍び歩きの王世子だ。
手には網巾(マンゴン)と宕巾(タンゴン)それに笠を持って、苦笑いをしている。
「問題ありませんが、ひとつ足りません」
プヨンは、手に持っていた髷冠(サントゥグァン)を示した。
テヨンの髪は短すぎて髷(サントゥ)を結えない。笠を被っても髷がないのがわかってしまう。
髷冠は、髪の少ないハラボジが髷の上に被せるもので、若いテヨンには本来必要ないはずだが、仕方がない。
「ここに座って下さい」
彼女は、恐らく網巾も碌に巻けないだろうこの男のために、髪を整えてやるつもりで、座るように促した。
王世子と違って、彼は素直に従う。
髷冠をなんとか取り付け、網巾を巻いてやり、宕巾をかぶせ、笠を乗せる。
最後に、しゃがんで笠の紐を片結びにしてやった。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
苦笑いのテヨンと目が合って、プヨンは慌てて立ち上がった。
王世子そっくりの眼差しに、どきりとさせられる。
プヨンは、心臓の鼓動を悟られないように、一歩後ろへ下がった。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/10/15 Wed. 10:32  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 7(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

プヨン自身、彼女が積極的に誰かの世話を焼く質だとは、今の今まで知らなかった。
外に出たら、彼の状況はより困難を極めるのは明白で、それ故に庇護欲をそそられているのかも知れない。
王世子に似ているという一点に於いて、彼が彼女の興味を引いていることは確かだ。
王世子よりやや早口で話すことと頼りなげな仕草を除けば、彼は見れば見るほど似ている。
「私は、ホン・プヨンです。プヨンと呼んで下さい」
「プヨンさん」
遠慮がちに彼女の名前を読んだ声までそっくりだった。
プヨンは、テヨンがこんなに不思議な振る舞いを見せなければ、彼の出自が気になっただろう。
兄の衣を着込んだ今はどの角度から見ても朝鮮の両班だが、先程までの彼の身なりは、異国人だ。
プヨンと同じ言葉を話し王世子とそっくりの風貌を持っているから、辛うじて異国人ではないと判断しているけれど、相変わらず彼が何の話をしているのかわからない。
「街に出ましょう」
もうすぐ日が落ちる。
彼女自身も、帰宅せねばならない。



テヨンは、プヨンと名乗った女性の後について竹林を進んだ。
両班風の衣装で街に出ると想像しただけで、俯かずにはいられない。
写真も撮られてしまうんだろうか。背に腹は代えられない状況とは言え、やはり、町中をこの格好で練り歩くのは気が引けた。
しかし、彼がそれを正直に話したら、プヨンは立腹するだろう。
感覚の違いとは恐ろしいもので、あることを当然だと捉えて振る舞う他人に、違う側面を訴えてもわかってもらえないのが世の常だ。
彼女が、王世子だと主張して譲らなかったように。
「テヨンさん、通りに出ますよ」
プヨンが振り返ってテヨンに教えてくれた。
彼は、ふう、と息を長く吐く。

――今まで、目立たないように生きてきたのに。

まだ幽霊ではないから、大注目を浴びるだろう。
妙ちくりんな格好をしているのは自分一人じゃないと念じて、街に飛び出すしかない。
会社の経営に興味を持てなかったのだって、大企業の経営や大勢の社員に対する責任を負える器ではないとわかっているのもあるが、もう一つ、世間の耳目を集めたくないからだ。
人並みに自己顕示欲は持ち合わせているとは思うが、絵画という手段で発散している。
自分の代替である絵画が注視されるのは願ってもないことだが、生身の自分自身が目立つのは勘弁願いたかった。
しかし、プヨンも好意で面倒を見てくれているのだろうし、今は我慢するしかない。



テヨンは、プヨンの予想通り、竹林を出るなり口をあんぐりと開けて棒立ちになった。
プヨンは、もう少し賑わっている市場に連れて行ってやるつもりでいたが、彼が足を止めたので一緒に立ち止まった。
「テヨンさん、どうしますか?」
「ここ、どこですか?」
「漢陽(ハニャン)です」
テヨンがあまりに妙な発言を繰り返すせいで、当たり前のことを聞かれても、素直に答えてやれるようになっていた。
「時代劇のセット?」
また意味の分からない単語が彼から出て来たと、彼女は溜め息を吐きそうになったが、“劇”という言葉だけ辛うじて聞き取れたから、冷静に返事をする。
「劇ではありませんし、役者もいません」
「えぇ!?」
彼女は、慌てている彼の様子を黙って眺めていた。
彼は、嘘だ、とほっぺを叩いて、痛い、と騒いだが、止めずにやらせた。
「落ち着きましたか?」
「こんなの、落ち着けません!」
先ほどまでの穏やかな物腰とは打って変わった切羽詰った声を出して、彼は頬を叩き続けた。
あんぐりと開けた口は少し尖り、大きく見開いた目は真ん丸だ。
「そこで食事を買って、小屋に帰りましょう」
彼女には、時間があまりなかった。早く帰らねばならない。
一歩も動かないテヨンをそのままにして、チヂミを買い求めた。
小屋には布団はないが、テヨンには竹林で一夜を越してもらうほかないだろう。
一晩寝て少しまともになってくれることを、今は祈るだけだ。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/10/29 Wed. 10:35  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 8(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

どうやらタイムスリップをしたらしい、とテヨンの頭の隅っこで、赤いランプが点滅した。
プヨンに促されてチヂミを口に運ぶも、薄氷を踏む思いで咀嚼したところで、味はわからない。
ただ、幽霊でもお腹は減るもんだと、赤いランプが点滅しているのと反対側の頭の隅っこが、ぼんやり考えているだけだ。
プヨンは、テヨンの食事の途中で家に帰ると言い出し、急に心細くなった彼は帰らないでくれと懇願したのだが、男だったら一晩ぐらい我慢しろと一喝され、勢いに負けた彼は、立派な小屋に取り残された。
彼女は、声は穏やかで話すテンポもゆっくりだが、有無を言わせぬ迫力がある。
幽霊の人生とは、こんなにも苦労するものなのだろうかと、テヨンは独りごちた。
子供の頃、宙に浮いたり壁をすり抜けたりする幽霊が、ほんの少し羨ましかった。
しかし、幽霊の特権と思しき宙に浮く技も壁をすり抜ける技も繰り出せないのに、朝鮮時代に飛ばされてしまった。
死後の世界は彼の予想を遥かに超えている。



死後の旅の苛酷さに、圧倒されっぱなしでは何も解決はしない。
天国……行ければだが、天国に行くまでの間に、朝鮮時代で生き抜かねばならぬのだから、電気もネットもない生活に、早急に慣れる必要がある。
「朝鮮時代の、いつ頃に飛ばされたんだろう」
時代を特定して、それが役に立つわけでもなかろうが、やはり気になる。
「お金がない」
今日はプヨンが食事の面倒を見てくれた。
デニムのポケットの中のドル紙幣が通用するはずもないが、完全な“成仏”までに幽霊生命を維持するためには、何はともあれ食事だ。
鉛筆の一本でもポケットに紛れ込んでいれば、絵を描いて売れたのに。
――紙と墨があれば、絵を描けるかな?
西洋画が朝鮮時代で売れるわけないか。と一瞬の思いつきも虚しく宙に消えた。
こうなったら、“成仏”までプヨンにくっついて、この状況を乗り越えるしか道はない。
金魚の糞みたいに、付け回そう。
彼女には申し訳ないが、こちらも幽霊人生がかかっている。
「あ、漢字も読めない」
思いつく事柄の全ての語尾が“ない”で彩られてしまい、テヨンは、あーあと声を出して、床に大の字になった。
一つだけ救いがある。
飛ばされた季節が竹がすくすくと成長する初夏で助かった。
布団もないところで夜を越さなくてはならないのに、真冬だったら堪らない。



明朝、プヨンは朝食を持って小屋に来てくれた。
王世子と世子嬪に謁見したらまた戻ってくると言って、縋るテヨンを振り払い、約束通り、昼前に戻って来た。
約束を守ってくれた彼女に安堵したテヨンは、時代を特定すべく、早速王の名前を彼女に問うた。
「言えません!」
彼女は今上陛下の名前を口にするなど、恐れ多すぎると激怒した。
テヨンは結構な迫力に負けそうになったが、「そう言えば、“世宗”みたいに宗がつく名前って、死んでから名付けられるんだっけ。それなら、本当の名前を聞いても、僕にはわからないな」と気を取り直し、歴代の王を聞き出した。
プヨンは、常識がないとぶつぶつ文句を言いながらだが、何代か遡って教えてくれた。
彼は頭の中で、昔開いた教科書の年表を絵巻物のように広げる。
小屋の中を右へ左へ行ったり来たりしながら、告げられた王の名前を見つけようと、懸命に年表を辿った。
「三百年かなぁ」
「三百年?なんのことですか」
「僕、三百年後の未来から来たみたいです」
テヨンは、勉強が大得意というタイプではないが、幼い頃から美術が好きで、それ故美術と密接に関連する歴史も、好んで勉強していた。
それが、こんな事態で功を奏するのだから、人生(幽霊人生と言うべきか)は、わからない。
彼は、プヨンが彼に不信感しか抱いていないことを薄々感じている。
にも関わらず、彼女は、こうして親切に面倒を見てくれる相手だ。
素直に真実を告げるべきだと、彼の良心が訴えた。

驚かないで下さいね?
僕、未来から来た幽霊なんだ。

身をかがめたテヨンに顔を覗きこまれたプヨンは、まさかと呟いて、そっと後ろへ退いた。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン 

2014/11/07 Fri. 17:54  tb: 0   コメント: 2

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 9(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

プヨンはいよいよ不信感いっぱいの瞳でテヨンを見上げる。
彼女の視線は、ああ、幽霊と未来のどちらか一つだけ選べばよかったと、テヨンを少しばかり後悔させた。
けれど、彼女が後ずさりしたために開いた微妙な二人の距離は、彼女が幽霊説を否定しきれていない証拠だ。
もしも。
もしも、テヨンの知識の中の幽霊と朝鮮時代の幽霊の概念が一致するならば、恐らくプヨンは、なぜ自分に幽霊が見えるのだろうかと、訝しく思っているはずだ。
そして、幽霊とは現世に未練たらたらではた迷惑な存在だから、彼女自身の身の安全も不安視しているはずだ。
「あの、僕、幽霊だけど、悪いことはしません。なんて言うのかな、プヨンさんに取り憑いたり、そういう不吉な行為っていうか」
テヨンは、これから彼女に付き纏う予定だが、憑依とは根本的に違うから、嘘は付いていない、と心の中で言い訳をした。
第一、憑依の方法もわからないのだし。
兎も角、彼女に嫌われてしまっては、天国に無事に辿り着く前に魂が消滅しかねないのだ。
誰がアドバイスしてくれたわけでもないが、テヨンの直感が、そう告げている。
彼の頭の中は、タイムスリップを生き抜いてこその、三途の川であり、天国なのである。
彼の人生で――まぁ、今は、幽霊人生だが――こんなにも必死になったのは、渡米を家族に説得して以来だった。
「ほんとに、未来から来たんです。今証拠を持ってくるから、ちょっと待って下さいね」
テヨンは小屋に急いで戻り、デニムのポケットに仕舞っていたドル紙幣を持って、プヨンに渡した。
「これは、未来の美国のお金です」
「美国?」
聞き返されて、テヨンは、はたと気付いた。
「あーっ!」
三百年前なら、まだアメリカは建国されていない。
「えーっと、将来、美国っていう大きい国ができて、まず西国の人々が、船で大陸に上陸するんだけど。あ、大陸はもう発見されてるはずだから……ああ、この頃って、何大陸って呼んでいたんだろう」
「要するに、未来の国の、未来のお金なんですね?」
「はい、そうです」
「紙がお金なんですか?」
朝鮮時代、金銀より価値の低い紙はお金に成り得なかった。
テヨンは、大きく何度も頷いた。
「わかりました」
「信じてくれるんですか?」
「朝鮮でこの紙を作ることは出来ません」
言いながら、プヨンは受け取った紙幣を、黙って見つめた。
暫く、彼女はそのまま動かなかった。
かと思ったら、突然、紙幣の所感をざっと並べ立て、それから、テヨンは幽霊の妖術でこの紙を作ったか、または未来からこの紙を持って来たか、もしくはこの両方でもおかしくはない、と言い切った。
「僕、紙幣を作る技術はありませんよ」
「そうですか」
彼女は、では未来から来たことは信じます、と言って縁側に腰を下ろした。



なにせ、プヨンに見捨てられたらテヨンは一貫の終わりである。
既に韓服を持ってきてくれた時に一悶着あって、あれは我ながら我侭だったと、彼も今にして思うから、なるべく彼女を刺激しないように、ゆっくりと隣に腰を下ろした。
さて、腰を下ろしたら、次は今後の生活に関するお伺いを立てねばならない。
彼としては、この立派な小屋で寝起きして、日中は街へ出て食費程度の稼ぎは得たい。
三百年の隔たりは大きいが、同じ言葉を話す者同士、日銭ぐらい稼げるだろう。
プヨンは、小屋を使うことは快く承諾してくれた。
だが、外出はテヨンの身に危険が及ぶから、断固反対の態度だった。
「どうして?誰も僕のこと知らないじゃないですか」
「テヨンさんは、チョハにそっくりなんです。チョハを知る人物に会ったら大変です」
プヨンは顔を左右にふる。
「そっか。外に出れないと、稼げないですよね。困ったなぁ」
「テヨンさんは、何が出来ますか」
「西国の絵を描けます。けど、水墨画じゃないと売れないですよね」
「紙と墨を持ってくるので、描いてみてください。ホン家が親しくしている画商に見せましょう」
思わぬ援護射撃に、テヨンはガッツポーズを作る。
そして、隣のプヨンの両手をとってぶんぶんと上下に振った。
「プヨンさん、ありがとうございます」
上機嫌のテヨンは、満面の笑みで手を握ったまま彼女の目を覗きこんだ。
彼女は、途端に耳まで真っ赤になって俯いてしまう。

プヨンさんって、けっこう、可愛いじゃないか。

互いの両手を離した後も、彼は暫く隣のプヨンを見つめていた。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/11/28 Fri. 16:50  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 10(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

テヨンの水墨画は思いの外売れた。
数日間はプヨンに金銭面で世話になったが、それも精算出来てしまった。
案ずるより産むが易しとはこのことである。
プヨンは、忙しそうだ。
テヨンは、朝な夕な、多忙なプヨンの神経をすり減らせている自覚はあった。
深窓の令嬢かと思いきや、プヨンの実姉が王世子の正室で、話し相手や実家の橋渡し役として、頻繁に宮殿に赴いているらしい。
どうりで、テヨンを王世子と言って譲らなかったわけだ。
王世子に最も近い人物の一人である彼女は、心底混乱したのだろう。
「チョハがご乱心であられる」
と、心配したのかもしれない。
テヨンの一日は、単調だ。
テヨンが稼いだお金で、プヨンが食事を調達する。
彼女は大抵、朝、一日分の食事を持って来てくれた。
その時に彼が描いた水墨画を引き取っていく。
テヨンは、黙々と絵を描いたり、井戸の水で体を洗ったり、竹林をのんびりと散歩したり、さながら隠居老人のような一日を送っていたが、好きな絵に集中できる生活は、それなりに楽しかった。
しかし、二十五歳の男にとって、社会から隔絶された環境は少しばかり居心地が悪い。
だから、彼は一計を講じた。
こっそりと竹林を出て、近くの市場で時代劇でよく見る竹笠とシンプルな韓服を買ったのだ。
プヨンが外出禁止令を敷いたのは、王世子に酷似している容姿が原因ならば、その顔を竹笠で隠せばいいだけだ。
仰々しい両班の衣も脱いでしまえば、誰もテヨンを王世子とは思わないだろう。
彼が出歩いている場所は竹林から然程離れてはいなかったが、小学生の頃の社会科見学のようで楽しかった。
こうして変装を初めてからの数日は平和に流れた。
しかし、その平和な日々は案外短く、テヨンはあっさりとプヨンに見つかった。
「テヨンさん?」
後ろから右腕を掴まれて振り返ると、長衣(チャンオク)を頭から被ったプヨンが、首を傾げていた。
「……プヨンさん」
「何をしているんですか?」
「えーっと、散歩?」
「外は危険だと、お話したではないですか!」
「でも、退屈だったんです」
「いつまで、我が儘を続けるおつもりですか!?」
「いたっ!プヨンさん、痛いっ、離して!」
彼女が掴んでいる部分に、指が食い込む。
テヨンは観念して竹林に戻った。



せっかく可愛いのに。
プヨンを怒らせているのは己であるのに、テヨンはそれを忘れて、立腹している彼女の顔を眺めた。
朝鮮時代に飛ばされてから、彼女は一日も欠かさず彼の面倒を見ていた。
その姿は、面倒を見られているテヨンの目にも、甲斐甲斐しく映るぐらいである。
迷惑を掛けてばかりで、彼女の笑顔を作ってあげられる機会は少なかったが、彼が水墨画を預ける時は、絵を見て微笑んでくれた。
彼女によると、彼の絵は水墨画の技法を取り入れているけれど、構図が珍しいから評判なのだそうだ。
彼女自身も、彼の作品を楽しみにしているらしかった。
今は無言でテヨンを睨んでいるプヨンに、だから、彼は秘密兵器を取り出す。
「プヨンさん、これ午前中に描いたんですが、どうですか」
大学で興味本位で取った水墨画の単位が役に立っていた。
毛筆を本気で握ったのは初めてだ。
油絵と違ってやり直しが効かないから、慣れない毛筆の扱いは難しかった。
アメリカの大学だったから、中国の水墨画しか学べなかったけれど、プヨンが沢山置いていった韓紙で、手首の動きや筆の角度など、授業で習った技法を懸命に練習した。
何十枚も水墨画を描いて、すこし表現の幅も広がった気がする。
テヨンは、彼の自信作をプヨンに渡した。
彼女は絵を受け取ると、にっこりと笑ってくれた。
「これは、山水画の技法ですね」
たっぷりと水墨を含ませた筆で大小の横点を並べると、霧に煙る山を表現出来る。
テヨンはこの技法で空に浮かぶ雲を韓紙にのせた。
プヨンは、このように表現された雲を見るのは初めてだと呟いて、墨の跡を指でなぞった。
さっきまで眉根を寄せて細められていた目も、今は柔らかく弧を描いている。
彼は、彼女の目が好きだった。
ニューヨークで絵葉書の裏にスケッチした、名前も知らない女の子に、笑った時の目の形が似ているからかも知れない。
今まで自分の為だけに絵を描いていた。
この水墨画にしても、お金のために描いている。
彼は、そんな動機なのにプヨンを喜ばせている事実が、嬉しかった。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2014/12/19 Fri. 22:00  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 11(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

テヨンが水墨画を描きだしてから、プヨンとの関係が少しずつ柔らかなものになった。
世間知らずと世話係の組み合わせは自ずと会話も限られ、プヨンが一方的にテヨンに朝鮮の常識非常識を諭す図式が固定化していたが、絵について言葉を交わすと、自然と他の話に流れるようになる。
今朝テヨンの新作を受け取りに来たプヨンは、縁側に座り、初夏の青い香りが瑞々しいそよ風を受けながら、花や蝶が好きだと教えてくれた。
「次は蝶を描こうかな」
テヨンが売れるための絵を描くのは、これが初めてだ。
加えてプヨンによって外出を禁止されているから、この時代の流行り廃りも掴めない。
もうネタも切れてしまって困っていたところに、彼女がヒントをくれた。
彼女の笑顔を見たくて蝶を選んだというのも、もちろんあるのだが。
次の題材を蝶に定めると告げたら、プヨンは目を細めて、楽しみだと言ってくれた。
だが彼女の目はすぐに生活指導をする高校教師のように引き締まった。
「でも、私が好きなものが売れるとは限りません。画商は、評判がいいから竹の水墨画をもっと欲しいと言っています」
テヨンは、四方を竹林に囲まれて手っ取り早いから竹を描き、それがそこそこのお金に化けてくれたから、連日竹の墨絵を量産していた。
しかし、そろそろ縦に線を引くばかりも飽きてきた。
手探りで描いた竹林が高評価だったのは、それはそれでありがたいのだが、別の表現にも挑戦したい。
正直、少し食傷気味だったのである。
「じゃあ、蝶の絵はプヨンさんのために、竹の絵はお金のために描きます。それならいいですよね?」
プヨンは頷いて、竹を優先して下さいと念を押した。
彼女が顔を前に倒した拍子に、顔を覆っている薄布がふわりと揺れた。
「この刺繍も、すごく綺麗ですね」
テヨンは、彼女の父親が左議政なのだと、少し前に聞いていた。
きっと彼女の家には、世話になっている画商だけではなく、ありとあらゆる商人が売り込みに来るのだろう。
彼女の顔を覆っている布は特注品だろうが、商人が朝鮮屈指の職人の刺繍や、他の貴重な品をあれやこれやと屋敷に広げる様は容易に想像できた。
美術品を見る目は肥えているつもりだ。彼女の顔を覆う刺繍は一流品である。
薄紅色の牡丹は、どこか寂しげな彼女の雰囲気を華やかに変えていた。
「ありがとうございます。私が刺しました」
テヨンは、ええっと驚いて伸び上がり、直後に失礼な反応だったと気付いて、ごめんなさいと肩を落とした。
「名人が刺したんだと思ったんです。僕の絵より、ずっと上手だから」
大輪の牡丹が内側に向かって色濃く色づいている様は、もし茎まで描かれていたら、花ごと茎からぼろりと落ちる心配をしてしまうであろう、堂々たる咲きぶりである。
対して葉は、若草色が軽やかだ。
よく見ると白い糸で水面も描かれていて、綿密な計算のもとに奥行きと全体の調和をとっているのがわかる。
「両班のつまらぬ手習いです」
プヨンは慎ましくテヨンの絶賛に応じた。
「すごい腕前ですよ。これなら、僕の絵よりずっと稼げる……」
言い終わる前に、両班に卑しい労働を勧めるのは、暴言だと気付いた。
ここは三百年前の世界だ。勤労が是とされる二十一世紀とは違う。
テヨンは取り繕うように他の刺繍も見せて欲しいと頼んだ。
この頼み事にプヨンは快く応じてくれた。



次の日の朝、プヨンが見せてくれた刺繍には感嘆を禁じ得なかった。
つまらぬ手習いと断っているが、彼女自身も腕に覚えはあるのだろう。
どれもこれも自信作らしかった。
「しまう場所に困りませんか」
テヨンもニューヨークの部屋では作品の収納に困っていた。
スケッチブックはともかく、いや、それも結構な冊数なのだが、油絵の収納には日々頭を悩ませていた。
絵画ほど邪魔にならないだろうが、布地も嵩めばそれなりにスペースを圧迫する。
「手元にあまり残っていません。世子嬪媽媽にお渡ししています」
「じゃあ、きっとチョハもご存知ですね」
彼が王世子の名前を出したのは、親近感が湧いていたからだ。
依りによって高貴な王子様に顔がそっくりとは、愉快ではないか。
「チョハもプヨンさんの刺繍が好きなんじゃないですか?」
「そうでしたら、身に余る光栄なのですが」
芸術家稼業の勘と言うべきか。
二十一世紀で半ば公然と代替作業を執り行うゴーストライター制度がちらりとテヨンの頭を過ぎった。
学生時代の仲間の中には、それで取り敢えずの食い扶持を稼いでいる者も、いないわけではない。
いつかきっと。将来を夢見て乗り切りながらも忸怩たる思いを隠しきれていない仲間に、酔った勢いで、お前は金持ちで気楽なもんだと嫌味を言われたこともある。
酔っぱらいの戯れ言だし、テヨン自身、実家の財力故にのんびり絵を描いていることは事実だから、あまり腹は立たなかった。
なんとなくだが、プヨンの返答は、そんな仲間たちの発言と同じ匂いがした。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2015/01/15 Thu. 15:22  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 12(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

王世子に、別人の刺繍だと思われているのか。プヨンはそう問われて、顔を逸らした。
テヨンが投げた問いはストレートだ。
彼には、作り手の気持ちが痛いほどわかる。
何も好き好んで隠れているわけではないこともわかる。
名乗り出るべきだなんて正義を振りかざすつもりは、毛頭なかった。
ただ彼は、回りくどく探りを入れて彼女の傷口を広げたくなかったのだ。
プヨンは、このきつい質問のせいでテヨンの隣から離れることはなかったが、暫く黙っていた。
「僕は、ここに知り合いがいないから、秘密が漏れる心配はないですよ。誰かに打ち明けたほうが、楽になれませんか?」
「テヨンさんは、全てお見通しなんですね」
テヨンは、笑うと三日月形になる彼女の目を気に入っていた。
だが今彼女の瞳は、濡れている。
下瞼の縁に大きく盛り上がった雫が溜まっていた。
「世子嬪媽媽の代わりをしています。ホン家の者は皆、知っているんです。世子嬪媽媽がチョハのご寵愛を賜れば賜るほど、ホン家が繁栄しますから」
あれはさ、俺の絵なんだ。ある日、ニューヨークの一等地にそびえ立つ高層ビルの看板を指して、コーヒーの紙コップ片手に仲間が言った。
著名な広告クリエイターに代わって描いたのだと、彼は自分自身を卑下するように笑った。
王世子が刺繍を褒める度に、プヨンも仲間のように自身を貶めているのかと思うと、やり切れない。
「でも、プヨンさんは辛いですよね」
プヨンは、テヨンに背中を向けて涙を拭った。
振り返った彼女の瞳は、三日月形だった。
「いいえ。どんな形でも、私の刺した物をチョハにお使いいただけるなら、光栄です」
テヨンの好きな三日月形の瞳は物悲しかったが、ゴースト側の心情を理解しすぎているせいで、そんな風に笑わなくていいと励ませなかった。
「テヨンさん、蝶の絵を書いてくださるんでしょう?蝶の刺繍の図案を考えて頂けませんか?」
プヨンは、この話は終いだと言わんばかりに約束を口にした。
テヨンは、顔の筋肉が固く歪むのを隠せなかった。
プヨンの為に絵を描くと申し出たのは、プヨンの、いや、彼女をこんな状況に押し込んでいるホン家の思惑に加担するためではない。
寂しげな彼女に、一時でも何もかも忘れた朗らかな笑顔を作ってやりたかったからだ。
しかし、プヨンは今、光栄だと言ってぎこちなく笑っている。
証拠に眉が下がっているではないか。
そんな笑顔、見たくもない。
「それも出来上がったらチョハに渡すんですか?」
彼女はテヨンの不機嫌に気づいていないのか、折り目正しく
「せっかくテヨンさんが考えてくださるのですから、私が使います」
と、答えた。
身代わりを指摘された時あんなに動揺した彼女は、今、すこぶる落ち着いている。
己の絵は、彼女の感情を揺さぶることは出来ないのか。彼女の痛みを和らげることは出来ないのか。
朝鮮で目下の者が王世子のやることにケチを付けてはいけないんだろう。
家の方針に逆らうことも出来ないんだろう。
だが、こんなの馬鹿げている。
「チョハのことが好き?」
色恋に話を向けるのは、八つ当たりに違いない。
だが、テヨンがただの八つ当たりを投げた途端、プヨンの耳がさっと赤くなった。
それを見て、テヨンは初めて真実に気づく。
彼女に「王世子が刺繍を気に入れば満足だ」と言わせているのは、彼女の忠誠心ではなく、恋心だ。
激しい鼓動で波打つ心臓の壁と心音が響く耳の奥が痛い。
この、燻る苛つきは、嫉妬だ。

僕はプヨンさんが好きなんだ。

胸の痛みが訴える事実はただ一つ。
テヨンもまた、恋に落ちていた。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン 

2015/01/23 Fri. 17:25  tb: 0   コメント: 2

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 13(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

プヨンは、外出が長引くと父母に怪しまれてしまうと、竹林を出た。
柄にもなく彼女に対して好戦的な態度だったことが気掛かりで、テヨンは一人彼女に投げた言葉を顧みた。
だがすぐに改悛は消え、呑気にプヨンが刺繍した物を使っている王世子の顔を、一度見てみたいもんだと、息を短く吐く。
彼は己の好きな相手を善良な顔でいたぶる鈍感野郎である。
「僕と同じ顔なんだっけ」
李王朝の王世子なんて、二十一世紀に生きた自分にとって、ありがたくもなんともない。
鈍感野郎と見てくれがそっくりである事実は、不名誉なぐらいだ。
しかし、このことは誰にも言わないで欲しいと頼むプヨンの瞳は、迷いがなかった。
このこととは、紛れも無く、彼女の思慕だ。
王世子と姉に迷惑が及ぶことを恐れているのだろうし、場合によってはお家断絶の大騒動にもなりかねない。
いずれにせよ、プヨンにとってこの恋は八方塞がりだ。
もちろん、恋を自覚した途端に失恋したテヨンにとっても。
彼に時間があったなら、少しずつ彼女の心を溶かすことも出来たかもしれないが、朝鮮時代の住人ではないから、明日ここから消えてしまっても、おかしくない身であるからだ。



胸の澱みが不快で、プヨンに約束した蝶の図案に手を付ける気分には、とてもなれない。
だから量産しなければならない竹林の絵に取り掛かった。
描き慣れてしまった、客の受けが良いと聞いていた構図は、予め頭の中で練るまでもなく脳裏に広がった。
視線は、これも迷いなく竹林のとある部分に固定された。
そこはいつも紙に写している場所だった。
小屋を取り囲む竹は、どれもこれも真っ直ぐに天を目指す。
竹は土に対して直角に伸びているようで、しかし少しずつ角度を違えて上に向かっている。
カメラのファインダーを覗くように、四角く一部分を切り取ると浮かぶ、不規則な三角形の数々に、毛筆を握ったばかりの当初は唸ったものだ。
人生で一度も熟慮してこなかった伝統美にしても、己なら朝鮮の何を韓紙に写し込められるのだろうかと、西洋文化の融合なんかも意識しながらそれなりに悩んだのだ。
けれど今、墨を紙に染み込ませる行為は、ただの手の運動に成り果てている。
「とりあえず五枚あれば向こう一週間は困らないか」などと、“とりあえず”なんて単語が出てくるほど、作業と化している。
三枚書き上げて、テヨンは深い溜息とともに手を止めた。
床の上に広げられた絵は、売れるデザインとしては申し分ないが、彼のやる気の無さがそのまま投影され、生命の息吹のかけらも感じられない。
これまで、そこにただ静かに立つ竹を瑞々しく描けたのは、プヨンの笑顔を見たい己の思いが、筆を払う手首を弾ませていたからだと、今にして思う。
「こんな絵でも、きっと、売れちゃうんだよな」
画商やプヨンの目は誤魔化せないだろう。
五枚全て描き上げるまでに、気持ちを切り替えたかった。



日が落ちる直前に描き終えた五枚目も、つまらない出来だった。
描いている端からつまらない絵だと思い、その上さしたる工夫も施さなかったのだから、当然である。
「明日、こんな気分のままプヨンさんに会いたくないな」
たとえこの恋が叶わなくとも、これまで通りの暖かい時間を彼女と過ごしたい。
朝鮮時代の常識に男女の友情が存在するのか、いまいち掴めないけれど。
夕日を眺めながら、あと幾日ここにいられるんだろうか、と妙にセンチメンタルな気分になった。
日が落ちると、竹林の空気はゆっくりと熱を失う。
体の熱を逃さぬように、絵を描いている間に邪魔で床に脱ぎ捨てた道袍に、左手を延ばした。
掃くように床の上に手を滑らせて道袍を掴もうとしたが、左手は何も触らずにテヨンのもとに帰ってきた。
「あれ?」
もう一度床に手を延ばしたが、やはり掴めない。
テヨンは、夕日から手に視線を移し、息を飲んだ。
左の肘から下が透けている。
視線を横へ移せば、右の肘から下も透けていた。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2015/02/19 Thu. 21:36  tb: 0   コメント: 4

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 14(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

テヨンは、声もなく両手を凝視した。
両手は、濃くなったり薄くなったりを不規則に繰り返す。
濃淡の度合いが変わるたびに、テヨンの心臓は、スピードを上げた。
このまま消えてしまうのかと、息も荒くなる。
やがて両手は、もとの色を取り戻した。
両手を握って開いてを繰り返し、指先まで力が籠もるのを感じたが、それだけでは不安で、立ち上がり部屋をぐるぐると歩き回って、まだ重力に引かれている自分を確認した。
歩きながら、手と同様消えかかっていた腕を擦った。
筋肉の弾力と肘の突き出た骨の硬い感触を認めて、まだこの世だ、と足を止めて息を大きく吐き出した。



これは紛れも無く、この世から消える兆候だ。
そうなることは必然だが、プヨンとの別れが近づいてきていると思うと、名残惜しい。
――早く蝶の絵を描かなくちゃ。
明朝、プヨンが来る前に市場で生花を買い求めよう。
蝶が足を休める花も描きたい。
自然と、とあるオランダの画家が脳裏に浮かんだ。
その画家は、もしプヨンが二十一世紀の女の子だったら、彼女が気に入りそうな花の絵を得意としていた。
プヨンの顔を覆う刺繍のように、白い空間が牡丹を引き立たせているような、引き算の絵ではない。
むしろ、画面いっぱいの花束の色彩は、暗い背景と相まって仰々しく、それゆえ花の芳香が強く感じられる。
その匂いに息が詰まりそうになるほど派手な絵だ。
だが、その満開の花が実は人の世の儚さを暗喩していると知ったら、きっとプヨンは気に入ると思うのだ。
「デ・ヘーム、か」
テヨンは画家の名前を声に出して、しかし、首を振った。
自分の絵を描こう。
決して己の絵はデ・ヘームのような豪華絢爛にキャンバスを彩るような画風ではない。
ニューヨークでは暇さえあれば鉛筆を走らせていたが、気楽な気持ちで描いたスケッチは、教授や仲間内で、君の性格と似て一歩引いた奥ゆかしい絵だと褒められていた。
しかし、朝鮮に来てからは、それなりに主題や技法に頭を悩ませたものの、言われるままに売れる水墨画を量産していた。
なんだかんだと持て囃されていたのだって、テヨンらしい感性が露出した結果ではなく、二十一世紀なら皆の目に触れているありふれた構図が、ここでは珍しかっただけで、自分らしさには遠かったのだ。
画家らしいアプローチで水墨画を描けないまま、この世を去らなくてはならない事実は、はっきり言って不満が残る。
だが、絵画は、所詮は飾り物だ。
そこに芸術価値があるにせよ、宗教的主題を訴えているにせよ、買われた後は、所有者の部屋を彩るだけである。
過去、この部屋のこの壁が寂しいから、と予め注文されるものが、すなわち絵画だった。
写真がない時代、どこそこに我が娘を紹介するから、と注文されるものが、すなわち絵画だった。
デ・ヘームと言えば、オランダは多数の芸術家を輩出したが、彼らも注文主の意向を組んで絵を描き、それが芸術的にも価値を内包していたに過ぎない。
彼らは自他ともに認める優れた職人だった。芸術活動そのものが目的だったわけじゃないのだ。
芸術が先に来る美術の歴史なんて、たかだが二百年かそこらである。
一方で、絵を志す者の端くれとして、二十一世紀の価値観を持ち合わせる者として、絵画で何を成し遂げるべきかという主題は、己に常について回った。
もう、芸術なんて、どうでもいいではないか。そんなもの、忘れてしまえ。
「最後に、僕の絵を描こう」
心から湧き上がる素直な気持ちを、韓紙に写そう。
海に落ちた時に失ってもおかしくなかった命の火はまだ灯り続けている。
好きな人に生きた証を遺せる幸運が、今ここにあるのだ。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン 

2015/04/12 Sun. 01:47  tb: 0   コメント: 2

【屋根部屋 二次小説】恋は一日にして成らず - 15(感謝企画)  

屋根部屋のプリンス連載

翌朝も、初夏らしいすっきりとした晴天だった。
竹の間を縫って届く朝の日差しは柔らかく、目覚めたばかりのテヨンの目に優しかった。
「僕も、この時代に適応したんだなぁ」
スマートフォンのアラームに叩き起こされずとも、すっきり目覚められる。
白色の単衣とパジも、慣れてみれば着心地が良く、ぐっすり眠れる。
テヨンは縁側に寝転がり、両腕を日差しにかざした。
今朝は、まだ、両手は透けていない。
プヨンとの別れもさることながら、適応出来た矢先にこの時代に別れを告げねばならないことで、胸に巣食う寂しさが幾重にも広がっていく。
二十一世紀風の言葉で言えば、テヨンの絵にもファンがいるらしい。
彼らに会いたいとは思わないが、絵をいかように愛でているのか興味があったし、絵を所有することで別世界の自分を受け入れてくれたようで、嬉しかった。
「幽霊なんだから、誰にも気付かれない能力もくっついてくればよかったのに」
買い手の家をこっそり覗いて、そこにテヨンの絵が飾ってあったら、さぞや愉快だろう。
床の上で大きく伸びをすると、お腹が大きな音を立てて空腹を訴えた。
その音が、プヨンが朝食を持って来る時刻が迫っている合図だった。
今朝は、のんびりしていられない。
プヨンが到着する前に、花を調達しなければならないのだ。
道袍を羽織って、小道を急いだ。



「お兄さん、鬼百合はどう?今の時期は珍しいんだよ」
「ふーん」
花には疎い。
竹林を抜けた先にある市場の花屋で生花を眺めていたら、店のおばさんが、首を垂れて大きく花びらを広げている花に触った。
「女の人が好きな花ですか?」
「百合は貞操の証だよ。好きに決まっているじゃないか。鬼百合は百合の王様なんだ。嫌なもんか」
無知な坊やを諭すような口調でそう言うと、テヨンの返事を待たずに「何本?」と首を傾げて、茎を掴んだ。
「僕、絵を描くんです。だから、すぐに枯れちゃうと困るな」
「それなら、蕾も入れてあげよう」
結局、テヨンが何本欲しいか答える前に、おばさんは五本ほど見繕うと、茎を紐でくるくると縛って渡してくれた。
鬼百合は、オレンジ色の花びらに黒い斑点があって、毒々しく見える。
貞操を守る少女というよりも、むしろ魔女みたいだ。
だが、朝鮮の女の子たちが好きなのなら、きっと、プヨンも気に入ってくれるだろう。
王世子に片思いをして、その思いを静かに刺繍に込めている彼女は、“貞操”そのものだ。
テヨンは、花束を抱えて歩いて来た道を振り返った。
振り返った途端に、長衣に身を包んだ女の人とぶつかりそうになり、テヨンはぎくりと肩を揺らして、左足を後ろへ引いた。
靴が土と擦れる音は、しかし、目の前の女性の声に掻き消される。
「テヨンさん!」
長衣の奥で薄く開かれた両目と、視線がぶつかった。
プヨンだ。ああ、また怒られる。
テヨンは、再び花屋と向かい合った。
不思議そうに二人を眺めるおばさんに、苦笑いを返す。
「後ろを向いたって、道袍で分かるんですからね」
「そうですよね」
怒り心頭に発したプヨンの後ろを、テヨンは背を丸めて歩いた。




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【作品名】恋は一日にして成らず

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  テヨン×プヨン  一ヶ月感謝企画 

2015/06/11 Thu. 22:57  tb: 0   コメント: 2

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