芙蓉の書-成均館スキャンダル屋根部屋のプリンス3days二次小説

JYJユチョン主演の韓国ドラマドラマ「トキメキ☆成均館スキャンダル」「屋根部屋のプリンス」「スリーデイズ(3days)」の二次小説ブログです。
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【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 1  

屋根部屋のプリンス連載

春を思う(こちら)の続編です。

- - - - - - - -

イ・ガクは、
「しばしの間、休憩だ」
と言って、次から次へと上奏文を読み上げようとする官吏らを止めた。
彼は、ここ数日伏せっている王に代わり、仁政殿(インジョンジョン)で政務にあたっていた。
イ・ガクの前で、列をなしている官吏らが携えているものは上奏文であるから、無論これらはイ・ガク宛てではなく、王に奉られるものだ。
数日間政務が止まっていたために、上奏も溜まりに溜まっており、彼はその取捨選択を行っていた。
上奏の中で、王世子が認めたものだけが、王の枕元に運ばれる。
仁政殿の最上部に鎮座する王座の一段下で、イ・ガクは、ほぅと溜め息を吐いた。
「戻ったら再開する」
仁政殿を出て行く王世子に、臣下らは次々と頭を垂れた。



秋晴れの空は天高く、爽やかな風は紅く染まった木々を揺らしていた。
今日は、プヨンが姉のファヨンを訪ねると聞いていた。
そろそろ、それも終えて外に出てくる頃だろう。
彼は、蓮を型どったペッシテンギを、彼女に渡すつもりでいた。
彼女の帰途を狙ったのは、嬪宮に知られたくなかったからだ。
芙蓉池を気に入っているプヨンの帰り道は、だいたい予想がつく。
待ち伏せをするか、背中を追いかけるか。
いずれにせよ、会えるはずだ。
彼は歩きながら、懐を探った。
忘れずに、ペッシテンギを持って来ていた。
控えの者に持たせるのが慣例だが、これは彼自身で持って行きたかった。



「プヨン様!」
仁政殿を出てからさほど歩かぬ内に、プヨンを呼ぶ幼い声が聞こえた。
イ・ガクは、彼につき従う従者に手のひらを向けて、その場で待つように合図をした。
彼自身は、プヨンに気付かれぬよう、物陰で二人を伺う。
彼女は、幼い宮女に詩を教えていた。
本来ならば、左議政の息女である彼女に、宮女が気安く声をかけるなどもっての外だ。
だが、周りの大人たちに止められても、彼らの目を盗んで駆けて来る少女を、プヨンは可愛がっていた。
「この前教えた詩は、もう覚えた?」
少女の目の高さを合わせるためにしゃがんだプヨンに、少女は「はい、聞いていて下さいね」と言って、詩を諳んじた。
「偉いわ。完璧ね。今日は、お転婆さんのあなたにぴったりの詩を教えてあげる」
この少女は、王世子付きの宮女だ。
イ・ガクは、彼女が大人たちの陰でちょこまかと動いているのを見たことがある。
だが、活発で好奇心旺盛な彼女を、数多いる宮女ではなく一人の少女として認めたのは、プヨンに懐き、詩を強請る姿を知ってからだった。
「子と袍を同じうせん」
「しと ほうを おなじうせん」
少女は、プヨンに続いて声を出す。その声は、青空に届かんばかりに大きく、また朗らかだった。

豈に衣無しと曰はんや
子と袍を同じうせん
王于(ここ)に師を興さば
我が戈矛(かぼう)を脩(おさ)めて
子と仇を同じうせん

――衣がないと言うのなら
――君と綿の入ったどてらを共有しよう
――王が軍を出される
――さあ、我らの矛を磨き上げ
――君と敵に立ち向かおう

「チョハをしっかりとお守りするのよ?」
一生イ・ガクに仕える運命を負った少女に、プヨンは忠誠を誓う詩を教えた。
聡明な少女は、もちろん、戦に出ろと言われているわけではないのだと、わかっている。
「はい、プヨン様」
「全部覚えたら、違う詩を教えてあげるわ」
はい、プヨン様。そう応えるために口を開いた少女が、あ、と声を出して頭を下げた。
「“無衣”か。勇ましいな」
「きゃっ!」
少女と向い合っていたプヨンは、イ・ガクが背後に来たことに気付いておらず、驚きで転んだ。
地面に両手と両膝をついた彼女の姿に、彼は喉の奥を鳴らして笑った。
「プヨンによく教えを請うのだぞ」
少女は深々と頭を下げると、駆けて行った。
「ほら」
イ・ガクは、プヨンに手を差し伸べた。
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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/05 Fri. 20:51  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 2  

屋根部屋のプリンス連載

プヨンが、差し伸べられた手に彼女自身の手を乗せると、力強く引き上げられた。
「幼い宮女に教えるにしては、勇ましい詩だな」
“無衣”とは、その昔、勇猛果敢な精鋭揃いと恐れられたの秦(*1)の兵士が歌っていたとされる、民謡の歌詞だ。
「秦の詩なら……」
イ・ガクは、プヨンが砂をはらっている間に何か思い出したようだったが、まあ良いと言って、懐を探った。
そのまま頭を垂れた彼女の上から、面をあげよ、と声をかける。
「今日は、これを渡すつもりで、そなたを追ったのだ」
彼は、彼女の目前に、ペッシテンギを差し出した。



イ・ガクは、いつでもプヨンに優しい。
義妹とは言え、左議政の娘とは言え、王世子がこんな風に彼女に接する由はない。
転んだ彼女を起こすなんて、全く、彼には必要のないことだ。
ただ、そこに、尊大に立っていれば、それこそが王世子なのに。
柔らかい笑顔で差し出されたペッシテンギは、見事だった。
銀細工に色とりどりの石が乗っている。

そなたは、蓮だから。

彼の言葉通り、ペッシテンギは蓮の花の形をしていた。
「特別に作らせた」
プヨンだけのために誂えたのだと告げる言葉に、彼女は首を振った。



イ・ガクは、いつでもプヨンに優しかった。
妻の妹にこれほど心を砕く夫が、この世にいるのだろうかと思うほど。
よく転ぶ彼女を、気にかけてくれる。
学問を好む彼女と共に、詩を味わってくれる。
彼女から彼に話しかけられないのを知っていて、謎解きを持ちかけてくれる。
天とは、なんと残酷なのだろう。
この叶わぬ愛が、天命なのかもしれないと思うことがある。
けれど、こうしてイ・ガクの優しさに触れて思いを募らせる度に、この愛は叶わないのだから、天罰なのかも知れないとも思う。
いっそのこと、どこかに輿入れ出来れば、楽なのかもしれない。
嫁いでしまえば、こんなに簡単に王世子や世子嬪に拝謁できなくなるのだから。
けれど、左議政の娘であれば当然来るべき縁談も、火傷を負った彼女のもとには来ない。

私には、チョハから逃げる手段もない。

幸せだった。
この思いを秘してさえいれば、想い人の笑顔に触れることが出来る。
反面、酷く残酷な運命だった。



「私には、立派過ぎます」
プヨンは、ペッシテンギを受け取らなかった。
桃の花が咲き誇っていた春のある日、イ・ガクは、プヨンを美しいと言ってくれた。
詩にのせて、彼女の存在が悩ましいと言ってくれた。
あれが、彼女の思い違いなのはわかっている。
きっと彼は、華やかな桃の花に魅せられて、詩を思い出し、嫁ぎ先のない彼女が不憫で、美しいと励ましてくれただけだ。
けれど、顔に傷痕を持った彼女を美しいと言ってくれた人は、この世でただ一人、彼だけだった。

プヨンを美しいと。プヨンが悩ましいと。
私の心の中でだけ、あなたが言ってくれたと思っていて、いいでしょうか。

だから、このペッシテンギは身に余りすぎるのだ。
これ以上、何も望んではいけない。
「そなたの父親も、これぐらいは買えるであろう?」
俯いたままのプヨンの手に、ペッシテンギが乗せられた。
イ・ガクの両手が、彼女の両手を包む。
「女人は、こういった物は沢山あっても邪魔にならないと良く言うではないか。遠慮せずに受け取るが良い」
「ありがたき幸せにございます」
「ここに来る時も、偶には身に付けてくれ」
どこまでも優しい王世子。プヨンの瞳は、涙で盛り上がる。
ここで涙をこぼしてはいけない。
彼女は、ぎゅっと目を瞑って、涙をこらえた。


(*1)秦…紀元前778年~紀元前206年に存在した中国の王朝




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/06 Sat. 21:27  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 3  

屋根部屋のプリンス連載

このことは、嬪宮には内緒だ。
イ・ガクは、プヨンにそう告げるつもりでいた。
言いかけて、口をつぐんだ。
彼女は、嬪宮に言わないだろう。
それは、彼女が己との秘密を守りたいからではない。
求められなければ何も言わない、彼女の控えめな性格ゆえだ。
あくまで義妹として彼女に接する自分は、卑怯だ。
妹と露ほどにも思っていないのに、兄の優しさを装って、彼女を気にかけているふりをする。
このペッシテンギも、数ある装飾品の一つなどと誤魔化したが、言い訳にすぎない。
嬪宮として贅沢を享受する妻を見て、プヨンが不憫になった。
半ば閉じこもる形で、屋敷で過ごすプヨン。
裕福な一族だから、不自由はしていないだろう。
だが、王宮を訪ねる以外は外出を控え、また将来嫁ぎ先があるわけでもない彼女が、痛々しかった。

あのように美しい娘を娶らないとは、世の男どもは、なんと馬鹿なのだ。

己が彼女を幸せにすることは、叶わない。ならば、誰か彼女を救ってくれ。
そう考えると同時に、彼女の運命に安堵する。
嫁がないのであれば、彼女は、ずっと己の元に通うのだから。



秋の暖かい日差しが、二人を包んでいた。
「ありがたき幸せにございます」
「ここに来る時も、偶には身に付けてくれ」
嬪宮には内緒だ。イ・ガクは、そう言いかけて口をつぐんだ。
この場で、嬪宮の名前を出したくなかった。
プヨンは、一度ぐらいは、義理でこのペッシテンギを身に付けてくれるだろう。
その時が待ち遠しい。
彼は、今は伏せられている彼女の頬に、触れたことがある。
絹で隠されている傷跡は柔らかく、今でも指先に蘇るほど甘美な感触だった。
彼女を愛していると自覚したのは、いつ頃だったろうか。
嬪宮への愛とは性格を異にすると気付いた時はもう、否定できるような淡い恋ではなかった。
それでも、懸命に否定した。
大切な妻と、大切な義妹。
苦しむのは、己だけで充分だ。



あの日、プヨンの頬を指の背で撫ぜた日、イ・ガクは詩を楽しむ振りをして、心の内を彼女に吐露した。
二人、交互に諳んじていたら、彼女が少し詰まった。
もしかしたらと思ったが、それは恋慕の最中にいる者の愚かな希望に他ならない。
どこまでも控えめに、己を王世子として尊敬し、義兄として慕ってくれるプヨン。
あれは、ただの詩だ。逃げ道を作って、打ち消せない想いを音にした。
それぐらいは許されるだろう。否、許されると思いたかった。




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/10 Wed. 17:02  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 4  

屋根部屋のプリンス連載

「芙蓉池を通って帰るのだな?少し共に歩こう」
イ・ガクがプヨンを誘った。
「光栄にございます」
彼女は、彼の一歩後ろを歩く。
プヨンとファヨンの間に、姉妹でありながら歴然とした差が生じるのはこんな時だ。
プヨンがイ・ガクの隣に並ぶことはない。
それは、プヨンの愛が決して許されないことに他ならない。
「さっきの宮女が“無衣”を覚えたら、益々元気になりそうだな」
優しい王世子は、プヨンの側に体を傾けながら歩いている。
「私の宮女が、勇ましすぎても困るぞ」
「申し訳ございません」
「冗談だ。あの詩は私も好きだ。元気をもらえる」
彼女も、力強いこの詩が好きだった。
絹布に隠れている彼女の頬は自然と緩み、それに伴って隠されていない目元も細まった。
「プヨン、“無衣”を知っているなら“蒹葭(けんか)”はどうだ?」
イ・ガクはプヨンに、“無衣”と同じく秦の詩である“蒹葭”を知っているか尋ねた。
“蒹葭”は“無衣”に負けずとも劣らない有名な詩だ。
詩を嗜む者の中で、“蒹葭”を知らぬ者はいないだろう。
“無衣”とは対照的に、その美しさで人気を博している。
「存じております」
「美しい詩だ」
彼は、足を止めて彼女に向かい合った。

「兼葭 蒼蒼たり
 白露 霜と為る
 所謂 伊(こ)の人
 水の一方に在り
 溯洄(そかい)して
 之に從(したが)はんとすれば
 道阻にして 且つ長し
 溯游(そゆう)して
 之に從(したが)はんとすれば
 宛(えん)として
 水の中央に在り」

――葦の葉は青々として
――白い露が霜となった
――評判のこの人は
――河の向こうに住んでいる
――河をさかのぼって行こうとすれば
――水路は険しく、かつ長い
――河の流れに従って行こうとしても
――河の中ほどから先へ進めず
――うろうろするばかり

イ・ガクは一息に言い切ると、プヨンをじっと見つめた。
後ろで組んだ腕は、動かない。
ただ、静かに彼女の瞳を見つめている。
彼女は、いたたまれずに、視線を逸らした。
男が、会えぬ女人を思い詩を吟じる。
王世子が美しいと言ったのは、詩の作り出す音なのか。
それとも、川に例えてやり切れなさを切々と訴える男の心情なのか。
プヨンは、チョゴリの下で両手をきつく握った。
「プヨン、続きを」
イ・ガクが、黙っている彼女を促した。

こんなの、応えては駄目。

王世子が会いたくても会えぬと言い、プヨンも会いたくても会えぬと返す。
まるで、互いに恋い焦がれながら結ばれない、男女のようだ。
「どうした?そなたは、忘れてはいないだろう?」
「はい、チョハ」
駄目だとわかっているのに、口はすらすらと続きを紡ぐ。
そう、これは酷く甘やかな夢だ。
あなたを愛していると想い人に告げる、夢物語だ。

「兼葭 萋萋(せいせい)たり
 白露 未だ晞(かは)かず
 所謂 伊(こ)の人
 水の畔(ほとり)に在り
 溯洄(そかい)して
 之に從(したが)はんとすれば 
 道阻にして 且つ躋(のぼ)る
 溯游(そゆう)して
 之に從(したが)はんとすれば
 宛(えん)として
 水の中心に在り」

――葦は盛んに茂り
――白い露はまだ乾かない
――評判のこの人は
――河のほとりに住んでいる
――河をさかのぼって行こうとすれば
――水路は険しく、かつ落差がある
――河の流れに従って行こうとしても
――河の中ほどから先へ進めず
――うろうろするばかり

プヨンは、わずか数尺だけ向こうにいるイ・ガクに、自ら触れたことはない。
彼に許しを得ずに触れることが出来るのは、姉のファヨンだけ。
そして、彼がプヨン自身に触れても良いと手を差し伸べることは、決してない。
王世子は、この詩は美しいと言った。
『所謂 伊の人』が、自分だったら、どんなにか幸せだろう。



イ・ガクが、先を続けるために口を開いた。
「なりませぬ」
プヨンは一際大きな声で、それを制する。
「チョハと世子嬪媽媽は愛し合っておられます。他の女人とこの詩を嗜んではなりませぬ」
嘘だった。
ならぬのは、私の心。
誰もが感服する名高い詩を諳んじることが、何の罪になろうか。
これを男女のやり取りだと夢見る、自分の心が罪深いのだ。
「なりませぬ」

愛していると、愛して欲しいと叫ぶ私の心に、どうか気付かないで。

プヨンは、半ば哀願するように「ならぬ」と繰り返した。
優しい王世子を苦しめたくはなかった。




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/12 Fri. 00:16  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 5  

屋根部屋のプリンス連載

「そうか。では次は、謎解きをしよう。今度は、そなたには解けない難しい問題を出す故、覚悟をしておくが良い」
イ・ガクは、プヨンに微笑んだ。



謎解きを彼女に持ちかけるのが好きだ。
今頃、プヨンは部屋で書を開いているのだろうか。
彼女は、どんな書物が好みなのだろうか。
学問に造詣の深い彼女のことだから、儒教の書だけでなく兵法書なども読んでいるのかもしれない。
彼女の知っていそうなこと、知らなそうなこと。どちらから、謎解きを出そうか。
イ・ガクが、プヨンと自由に会話をすることは叶わない。
だから、謎解きは、彼女を知る手段だった。
そして、謎解きを通して彼女自身に想いを馳せる。
心は、自由だ。
彼女を愛していると、彼女を知りたいと、決して口には出せない思いを、この時だけ己に許した。



イ・ガクが初めてプヨンに謎解きを出したのは、彼女が、庭でじっと牡丹を見つめているのに気が付いた時だった。
彼は、隣に立つ嬪宮と庭に植えられている桜の木について会話をしていたが、彼がプヨンにも意見を聞こうと後ろを振り返ると、プヨンは、二人の会話に上っている桜の木とは全く別の場所に咲いている牡丹に見入っていた。
「そなたは牡丹が好きなのか」
彼が言い終わるやいなや、王世子の話を聞かずに上の空で控えているとは何様のつもりかと、嬪宮の叱責が飛んだ。
「プヨンが退屈するのも無理はない」
彼は、そう言って嬪宮をとりなした。
話し相手にとプヨンを呼びつけて、彼女そっちのけで夫婦の会話をしたのだから、と。
彼女に対して申し訳なく思い、ちょうど閃いた牡丹に関する謎解きを出してみた。
彼女は、暫く黙って考えてから、随分と機知に富んだ返答をした。
それは、彼の敗北を意味したが、同時にとても満足させられるものだった。
先刻まで嬪宮が話していた、桜の木についての所見より、ずっと。
以来、彼は、プヨンに謎解きを持ち掛けている。
ある時、返答までの期限を設けたら、彼女は、こちらからの呼び出しがなかったにも関わらず、彼に会いに来てくれた。
「プヨンがチョハに拝謁いたします」
扉の向こうの、多少くぐもっているが柔らかく女らしい声を聞いて、心臓が高鳴った。
「チョハに頂いた時間は、今日までですから」
真面目な彼女らしい理由だったが、胸の鼓動は治まらなかった。
気が付いたら、謎解きは、彼女との逢瀬を重ねるための手段になっていた。
逢瀬。
彼だけがそう捉えているに違いないが、ひとつ確実なことは、これは、誰にも邪魔をされない彼とプヨンだけの時間だということだ。



「答えを当てたら、褒美をやる」
彼女が正しい答えを彼のところに持ってくるのは、わかっていた。
だから、イ・ガクが最後にこう付け足すのは、正答を奨励しているからではない。
自らの手で、彼女に何か贈りたかった。
毎回、悔しそうな様子を演じてみるが、なにか欲しいものはあるかと尋ねる時は、いつも心が踊った。
彼の期待に反して、彼女の望みは、いつも質素だ。
その時二人が庭に立っていれば、庭の花を一輪摘み取ることへの許しを請い、彼が書物を広げていれば、同じ書物が欲しいとは言わず、読み終わったら貸して欲しいと、控えめに申し出た。
ならばせめてと、彼自身が花を折って彼女に差し出した。
書物を所望されれば急いで読了し、もう読んだのだから返さなくて良いと言い訳をしながら、彼女に渡した。
花も書物も、受け取る時、彼女は幸せそうに目を細めた。
嬪宮があれこれと取り寄せる様子を見るにつけ、プヨンも、本当は女人らしく色々と着飾りたいのではないかと、気になった。
顔の傷のせいで、彼女は控えめに振舞っている気がした。
彼女の装いは品があったが、チマも、髪を彩る簪も、沢山持っているようには見えない。
いくつか持っている物を、繰り返し身に付けているようだった。
腹臣に命じて蓮の花のペッシテンギを作らせたのは、彼女自身に、彼女は美しいとわかって欲しかったからだ。
『どのような蓮の花にしましょうか。色はいかが致しましょうか』
問われて、彼は詰まった。
何度も謎解きを繰り返したお陰で、彼女の好みもわかったようなつもりでいたが、その実、何も知らなかった。
女人が喜ぶようにしろ、ただ、派手過ぎるのは困る。
彼が言えたのは、これだけだ。
結局、彼女を愛していても、何も変わらない。
「私には、立派過ぎます」
そう言って、彼女はペッシテンギをなかなか受け取らなかった。
「他の女人とこの詩を嗜んではなりませぬ」
泣きそうな声で、ならぬと繰り返した。
腕を伸ばせば容易に細い肩を抱けるこの距離は、彼女を抱くことを許してはくれない。
大河が隔てているかの如く、二人は遠かった。




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/15 Mon. 19:54  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 6  

屋根部屋のプリンス連載

「そうか。では次は、謎解きをしよう。今度は、そなたには解けない難しい問題を出す故、覚悟をしておくが良い」

優しく微笑む王世子は知らないだろう。
プヨンが、褒美として貰った書物を、どんなにか大切にしているか。
彼女は、イ・ガクが何でもないことのように渡してくれる書物を、一文字残さず漏らすまいと、読み進める。
褒美のそれは、彼女にとって王世子と繋がる唯一の物だった。
花は、いずれ枯れてしまう。
彼自らが折ってくれた花が萎れていくたびに、彼女は涙を流した。
だが、彼が寄越してくれる書物は、永遠に彼女のものだ。

チョハはこの書物を読みながら何を考えたのだろう。
チョハの心を動かす一節が、この書物の中にあったのだろうか。

彼と語り合うなど望むべくもないが、書物によって、彼の世界を垣間見れる気がした。
彼の心に寄り添える気もした。
だから彼女は、褒美を問われると、王世子の書物を所望する。
彼の前で、彼女は彼への愛をひた隠す。
彼を愛する心を持ったまま蝶になって、この世界から消えてしまいたいと思う。
反面、彼の優しさに触れられる幸せに歓喜する。
そんな風に、相反する感情がない交ぜになって彼女を苦しめるが、褒美の書物を開くときだけは、安らかだった。
心は、自由だ。
彼を愛していると、彼を知りたいと、決して口には出せない思いを、この時だけ自身に許した。



「チョハ、そろそろ仁政殿にお戻り下さい」
イ・ガクに付き従う臣下に妨げられて、二人の歩みは、芙蓉池に通じる門の前で止まった。
「芙蓉池まで共に歩きたかったが、もう戻らなくては」
気をつけて帰るのだぞ、と言って背を向ける王世子に、プヨンは微笑むことが出来ない。
心は、こんな些細な一言にも、誰しもが習慣のように口にする常套句にも、喜んでいるのだ。
だが、恋心を出してはならぬと律する心が、彼女の笑顔を歪ませる。
彼女は、引き返す王世子に深く頭を垂れた。
彼女を見る人はいない。
耐えていた涙が溢れだし、石畳に染み込んで行った。



プヨンは、王世子に賜ったペッシテンギを両手で握りしめる。
『伊の人』と言った彼の声を忘れぬように、心の奥に閉じ込める。
そして、『伊の人』が自分なら幸せなのにと夢見る心を、そっと詫びる。

あなたをお慕い申し上げることをお許し下さい。
あなたを愛していると、生きているうちは、決して申しませんから。
私は、あなたを忘れたいと、どうしても思えぬのです。




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/16 Tue. 17:53  tb: 0   コメント: 0

【屋根部屋 二次小説】水の畔 - 最終話  

屋根部屋のプリンス連載

『伊の人』とは、そなたのことだ。

イ・ガクがプヨンに告げたその瞬間に、彼女は、白い露のように消えるだろう。
義兄が惑わされたのは、彼女自身のせいだと信じこんで。
嬪宮は大切な妻だから。
嬪宮とプヨンは姉妹だから。
彼にとっての婚姻は、政に他ならないから。
安易にプヨンに愛を打ち明けられない理由は幾つもあるが、イ・ガクをこの場に留めているのは、プヨンの存在そのものだった。
彼女は顔の傷跡に、それを持つ故に決定づけられた彼女自身の運命に苦しみ、そして静かに受け入れている。
これ以上、彼は愛する人を苦しめたくはなかった。



プヨンが宮女に“無衣”を教えているのを眺めていたら、“蒹葭”を思い出した。
何故今まで気づかなかったのかと思うほど、それはイ・ガクの心そのものだった。

「所謂 伊の人
 水の一方に在り
 溯洄して
 之に從はんとすれば
 道阻にして 且つ長し」

――評判のこの人は
――河の向こうに住んでいる
――河をさかのぼって行こうとすれば
――水路は険しく、かつ長い

許されぬ愛を、はっきりと声に出した。
イ・ガクの唇は、喜びと苦悶で震えた。

「所謂 伊の人
 水の畔に在り
 溯洄して
 之に從はんとすれば
 道阻にして 且つ躋る」

――評判のこの人は
――河のほとりに住んでいる
――河をさかのぼって行こうとすれば
――水路は険しく、かつ落差がある

プヨンの口から紡がれた甘美な調べは、彼を酔わせた。
イ・ガクが一介の男で、プヨンも有り触れた家の娘だったら、川の両端で、会えぬことを嘆きながら愛の言葉を交わし、それから結ばれるのだろう。
容易に会えぬことすら、二人の心を熱く煮えたぎらせる一因でしかないに違いない。
しかし、彼は王世子で、彼女は彼を男として愛してはいない。
「他の女人とこの詩を嗜んではなりませぬ」
ただひたすらに義兄が姉を愛していると信じ、その愛を喜ぶプヨンによって、イ・ガクの心は悲鳴を上げる。

詩を言い訳にすることも、そなたは罪だと言うのか。
そなた、だから。
そなたの口から、私を愛していると、聞きたかった。
それだけなのだ。

「そうか。では次は、謎解きをしよう。今度は、そなたには解けない難しい問題を出す故、覚悟をしておくが良い」
なけなしの良心を振り絞って笑顔を作るイ・ガクの背後で、従者が呼ぶ声がする。
「チョハ、そろそろ仁政殿にお戻り下さい」
「芙蓉池まで共に歩きたかったが、もう戻らなくては」
彼女の好きな芙蓉池を、二人で眺めたかった。
芙蓉池の手前で引き返せねばならぬことが、残念だった。
彼は、気をつけて帰れと、それだけ告げて背を向けた。
沢山の優しい言葉をかけてやりたかったが、彼女がそれを求めてはいない。

そなたが嬪宮だけに愛を注ぐことを望むなら、そなたの望むように生きよう。
この心で燃え盛るそなたへの思いも、仮初めの恋なのだと言い聞かせよう。
もう、そなたを困らせる真似はしない。
嬪宮を守ることに、この命を捧げよう。
私が愛する、そなたのために。

イ・ガクは、戻るように声をかけた老齢の従者に問いかけた。
「そなたの妻と、仲睦まじくやっておるか」
「はい。しかし、チョハと世子嬪媽媽の仲には敵いませぬ」
「夫婦とは、良いものかな」
「はい。良いものと存じます」
「そうだな」
他愛のない従者との会話は、忙しない日々に紛れて消えていく。
けれど、この従者の言葉は、暫く忘れられそうになかった。




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【作品名】水の畔

【テーマ】 屋根部屋のプリンス二次小説  イ・ガク×プヨン 

2014/09/18 Thu. 00:48  tb: 0   コメント: 6

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